引っ越しの片付け作業

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大量の家財や生活用品を整理するにはかなりの時間が掛かります。特に実家の場合は数十年も前から様々な物が残されています。出来るだけ時間とお金を掛けずに一人で効率良く片付けるにはある程度の経験とコツが必要です。今回の引っ越しで改めて大変さを痛感しました。仕事をしながら空いた時間で少しずつ作業を進めましたが、結果的に約半年もの時間が掛かりました。後半は仕事以外の時間を全て片付け作業に利用して、集中的に作業を進めました。そして計画通り何とか引っ越し日までに全ての作業を終える事が出来ました。

10年程前に伯父の家を片付けた経験があり、他にも仕事で過去に何度かお客様の家を片付けた事がありました。これらの経験が今回の引っ越しにとても役立ちました。かなり大変な作業なので、経験の無い方々はお金が掛かりますが専門の業者へ頼んだ方が良いと思います。引っ越しの片付けのコツとして一番大事なのは順番です。何からどの様に整理するか事前に考えながら作業を進めます。そして不要な物を処分する場合のコツとして処分方法も重要です。何をどの様に処分するのか事前に計算しなければなりません。テレビや冷蔵庫・ガス器具・自動車部品・消火器など、物によっては専門の業者へ引取りを依頼する必要があります。

そして必要な物か不要な物か一つ一つ確認する事も重要です。どうするか判断に迷ったりしますので、後になって後悔しない様に判断しなければなりません。しかもこの作業は思ったよりも時間が掛かります。他にゴミとして処分する場合の分別も重要になります。特に近年ではリサイクルや環境問題により昔よりもかなり厳しくなっております。全てのゴミを正確に分別するのは難しいですが、可能な限り行政の指示に従って努力する必要があります。

分別されたゴミを出来るだけお金を掛けずに処分する方法は、まず近所にある各市町村のゴミ集積所を有効に活用する事がポイントです。曜日や回数が制限されますが無料で利用出来ますので、計画を立てて順番にコツコツ利用します。特に大型ゴミは一般的に月1回なので、忘れずに必ず毎月利用する事が大切です。そして専門のリサイクル業者を上手く利用する事もポイントです。テレビや冷蔵庫など一部有料の物がありますが、金物類は全て無料で引き取ってくれます。中には親切に片付けのアドバイスをくれたり、こちらの無理難題を受け入れてくれたり、料金を安くサービスしてくれたりなど良心的な業者も存在します。今回の片付けでは地元の業者に色々と協力して頂きました。私一人では限界がありましたので、助けて下さった業者様に心から感謝しております。

そして最終的にもし時間が足りなくなった場合は、各市町村指定のゴミ処理所へ直接ゴミを持って行くしかありません。もちろん処分料は有料になりますが、思ったほど高くはありません。今回の片付けで6回くらい自家用車のワンボックスでゴミを運搬しました。車満載のゴミの量で1回の料金が高くても3~4千円です。かなりの量でしたので十分に良心的な料金だと思います。自分で運べるなら直接ゴミ処理所へ持って行く方法も有効的だと思います。ゴミの量にもよりますが、専門の業者にゴミの運搬を頼むと処分料の他に1日2~4万円くらい掛かります。でも時間が無い場合はプロに依頼した方が安心で確実です。

引っ越しの片付けは非常に大変で根気の必要な作業です。個人宅で自ら作業する場合は途中で何度も嫌になります。でも片付けが進むにつれて徐々にスッキリした気分になります。そして無事に全ての作業が終わった段階で達成感と満足感・充実感を得られます。肉体的にも精神的にも過酷な片付け作業でしたが、関係者皆様のお蔭で予定通り引っ越しを終える事が出来ました。本当に有難うございました。新たな環境で今後も頑張って参ります。「人生のリセット」からの再スタートとなります。

両親への感謝

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4歳の頃から約50年間生活してきた家の片付けは想像以上に大変な作業でした。家は二階建てで他に畑(現在は駐車場)と小屋があります。広さとしては約100坪の面積です。そこに最初は祖母と両親と私の4人が生活しておりました。その後に祖母・父親・母親の順番で他界してしまい、最終的に独身の私だけが一人で生活しておりました。そして様々な事情から思い出たっぷりの我が家を売却する事になったのです。

50年間の歴史による家財はかなり大量に残っておりました。早くに亡くなった祖母の物はほとんど残っておりませんでしたが、両親と私の物はかなりの量でした。父親は日曜大工が趣味で大工道具や建築材料・建築部品などが大量に残っておりました。その他の仕事に関する私物や衣類は男性という事もあり少量でしたが、趣味で集めた洋酒や民芸品などが大量に残っておりました。母親は畑仕事が趣味で畑作業に使う道具や材料・肥料などが大量に残っておりました。他の趣味は漬け物作りと梅酒作りで、驚くくらいの道具や食器・ビン・カメ・重石などが残っておりました。女性なので衣類も大量に残っており、他に趣味の裁縫や編物などに使用する道具や材料も様々残っておりました。

中でも一番驚いたのは私の私物です。幼少の頃から保育園・小学校・中学校・高校までの様々な物が残っておりました。幼少時の衣類やおもちゃ、保育園や学校で使用したカバンや教材・衣類・書類・教科書・ノートなど形ある物は全て大切に保管してありました。両親は私の為に既に必要がなくなった物でも大事に残しておいてくれたのです。貴重な思い出の私物を見ながら何度も涙しました。大切に育ててくれた両親へ心から感謝の思いしかありません。特に私を産んでくれた母親の深くて強い愛情には感謝の気持ちで一杯です。今まで本当に有難うございました。残念ながらもう親孝行は出来ませんが、感謝の気持ちを一生忘れずに今後も頑張って生きていきます。どこかで蔭ながら見守っていて下さい。今後も宜しくお願い致します。

引っ越し先は仙台市

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岩手県紫波郡矢巾町にある市街化調整区域の自己所有不動産を売却するには県外への引っ越しが条件となり、引っ越し先を宮城県仙台市に決めました。不動産の使用条件を家族限定から一般へ変更するには、岩手県の開発審査会から許可を得なければなりません。申請の準備に約3ヶ月、申請後に結果が出るまで約2ヶ月の時間が掛かります。まずは引っ越し先である仙台市の物件探しから始めました。

仙台市は思い出の街であり何かと関係性の深い街です。思い出としては小学校の修学旅行と高校卒業後1年間の予備校生活。他には20代からのモータースポーツ介護タクシー開業後の仕事関係などです。ある程度は地理に関しての知識がありましたし、友人や知り合いなども他県と比べると多い街です。岩手県内陸部の雪国で長年生活してきた私にとって、仙台市の1番の魅力は太平洋沿岸部の気候により冬でも気温が高めで雪がほとんど降らない事です。年に数回は雪が降りますが、積もらずに数日で融けてしまいます。圧雪凍結路面での不安な運転や、重労働の除雪作業がほとんど必要ありません。私にとって仙台市は総合的に考えて幼少の頃から憧れの街なのです。

新居となる物件の条件として重要視したのは、家賃・立地・部屋数・駐車場です。築年数や他の細かい事は妥協しました。物件を決めるまで1ヶ月ほど掛かりましたが、何とか希望通りの物件を見つけました。家賃は少し高めの月4万5千円ですが立地は最高で、間取りは6畳が3部屋と7.5畳の台所、そして敷地内に2台分駐車場付きの一戸建てです。しばらくの間この物件で新しい生活をスタートさせます。「人生のリセット」からの再スタートとなります。

マイホームを売却

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両親が建てた家で幼少の頃から約50年間生活してきました。姉を亡くして一人になった私は、両親が亡くなった後に土地と建物を遺産相続しました。本来であれば親が残してくれた財産を一生大切にしなければなりません。しかしながら独身の私には相続人がいません。もし家族のいない私が死んでしまうと、財産は法定相続人である親族に分配相続されます。親族であっても実際は他人です。大切な財産を親族に渡したくもないし、迷惑も掛けたくありません。そして結婚は諦めずに努力を続けておりますが、残念ながら将来的に実現する保証もありません。そこで私が元気で動けるうちに親から相続した財産を整理する事に決めました。

その後に不動産会社へ依頼して土地と建物を売却する準備を進めました。しかし想定外の問題が色々と発覚しました。親が残してくれた不動産は簡単に売買出来ない物件だったのです。そもそも家を建てられない市街化調整区域に、特別な条件付きで建てられた家だと分かりました。その条件とは家族限定で使用するという内容です。つまり他人へは譲渡が出来ないという事になります。他にも登記上の地目が畑のままであったり、周囲との境界がはっきりしていなかったりという問題が分かりました。

そこで行政に不動産を売却したい事情を説明して、どうすれば他人に譲渡出来るのか相談しました。そうすると意外な答えが返ってきました。それは所有者の私自身が遠隔地へ引っ越した場合は、やむを得ず他人へ譲渡する事が出来るとの内容です。しかも遠隔地とは県内では認められず、県外へ引っ越さなければなりません。納得がいかない条件ですが、法律上は従うしかありません。そして今の生活を全て捨てて、条件通り県外へ引っ越す決断をしました。

様々な問題を解決するには時間と費用が掛かりました。専門家である不動産会社と行政書士に協力して頂き、約半年もの期間を経て結果的に何とか実現する事が出来ました。今回の不動産売却と県外への引っ越しは人生最大の決断であり、人生最大の転機となりました。ある意味「人生のリセット」からの再スタートとなります。

合同会社を廃業

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個人事業を開業して5年後に法人会社を新たに設立しました。目的は同業者それぞれの各事業所をグループ化して仕事の効率と連携を図る事でした。最初は計画通り会員が徐々に増えて組織として活動しておりました。ある程度の事業者数が集まるまで会則や会費は無しで運営しておりました。理由としては気軽にグループへ参加して欲しかったからです。しかしながら組織の会則・会費無しがそもそも失敗の原因だったと思います。

グループへ入会しやすいという事は、逆に退会しやすいという事になります。その為に会員の出入りが多くて、なかなか目標の会員数まで達しませんでした。そして各事業所の代表者をまとめる事が想像以上に困難でした。それぞれ考え方も価値観も違います。最低限のルールは決めていましたが、意思統一させるのが難しい状況でした。やはり会則・会費無しでのスタートには無理があったと痛感しました。

他に失敗の原因として平成の時代に合わなかった事が考えられます。同業者同士で助け合ってお互い協力し合いながら皆で良くなろう、という昭和的な考え方はもう古いのかもしれません。近年では自分達さえ良ければ周りは関係ないという利己主義的な考え方が増えている様に感じます。例えば他にも近所付き合いが少ないとか親戚付き合いが少ないなど、時代の変化によって考え方や価値観も変化していると思います。

結果的に平成23年6月に合同会社を設立して、8年後の令和元年5月に廃業させました。法人会社経営は短期間で失敗してしまいましたが、個人的には今後につながる貴重な経験となりました。そしてこの法人廃業が将来的に「人生のリセット」への第一歩となりました。

人生のリセット

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2019年1月に人生において重大な決意をしました。そして2021年2月までに全て計画通り実行しました。それは様々な事情から私にとってはある意味「人生のリセット」です。

  1. 法人会社の解散  :合同会社設立から8年で廃業
  2. マイホームの売却 :自己所有財産の土地・建物を売却
  3. 県外への引っ越し :岩手県から宮城県へ移住
  4. 自営業の一時休止 :開業から15年目で事業内容見直し
  5. 趣味活動の一時休止:30年の自動車レース活動を見直し
  6. 大切な人との別れ :7年間交際した女性と破局

 現在54歳の独身男性です。環境も仕事も趣味も全てゼロからの再スタートとなります。コロナ禍で厳しい状況が続きますが焦らずコツコツと頑張ります。新生活の第一歩としてブログを開始しました。少しでも何か皆様のお役に立てればと思っております。宜しくお願い申し上げます。